もう五輪エンブレム問題はいいから「東村山市のエンブレム」の話をしよう

この東村山市のエンブレム、1万円なんですよ。。

今こそ東村山市のエンブレムについて語ろう

ども、タカタロウです!!東京オリンピックエンブレム問題、揺れていますね。遂に佐野研二郎さんのエンブレムは取り下げ。これから新たに公募ですって。僕は誘致の時に使った桜の花のエンブレムで良いんじゃないかと思ってます。

島峰藍

当時、東京藝術大学の大学院生だった島峰藍さんがデザインしたのだとか。全くの無名の学生がデザインしたってのも美しいストーリーですよね。このエンブレム、僕は単純に好き。パッと見で好き。感性で好き。もうコレでいいじゃん。このエンブレムについて否定的な意見を聞いたことがないし、国民が一番納得するんじゃないかと思うんですけどねー。でもまぁいいや。

そう、連日の報道で五輪エンブレム問題は食傷気味。お腹いっぱい。飽きた。もういいよ。でもせっかくならこのタイミングで「東村山市のエンブレム」についての話をしよう。

東村山市のエンブレムは岐阜県在住の26歳の一般男性がデザイン

東村山市のエンブレム、つまり東村山市の市章は見たことありますよね。

東村山市 市章

コレです。この市章について東村山市市役所に問い合わせてみました。以下が回答です。

東村山市の市章は、昭和39年(1964年)4月1日の市制施行を記念して、市章に東村山の永遠の発展を託すべく、当時の町議会におきまして協議会を設置し、検討・審議を重ねたものであります。

具体的なデザイン選考にあたりましては、1万円の懸賞つきで、昭和39年2月1日号の町報及び5大新聞に公募をかけ、同年2月29日に締め切りました。

その結果、全国から730点もの応募があり、選考の結果、東村山の頭文字であるヒとムを片仮名でハトの形にデザインした、岐阜県明智町にお住まいでありました、当時26歳の一般男性のデザインが入選されました。

ハトは一般的に平和の象徴と言われますように、市民の平和とハトが空を飛ぶ姿のように、市の目覚ましい飛躍と発展の願いを込めた市章となっております。

こちらは、昭和39年4月1日、第1回の東村山市議会臨時会に上程され、可決、成立し現在に至っております。

うわっ、知らなかった情報盛りだくさんなんですけど(笑)。あのデザイン、東村山の「ヒ」と「ム」から構成されているんですね。言われてみれば確かに。

東村山市 市章

で、昭和39年って1964年ですよね。つまり東京オリンピックが開催された年です。1万円の懸賞つきで町報及び5大新聞に公募をかけたそうです。この年の大学の初任給を調べてみたら21,200円でした。2014年度の大学初任給が20万400円なので、当時の1万円は今の感覚で9万5千円くらいですね。

東村山市の市章をこんなにもじっくりと見たことなかったけど、結構良いデザインですね。僕は好きだなー。佐野研二郎さんの五輪エンブレムより好きだなー(笑)。

今回は以上。失礼しましたー!

追記:姫路駅デパートのロゴと激似な件

コメント欄から情報をいただいたんですけど、兵庫県姫路市にあった「姫路駅デパート」のロゴと東村山市の市章が激似なんです。

いや、似すぎでしょ(笑)。ビックリですわ。

ちなみに姫路駅デパートは1959年11月に開業。1983年に「フェスタ」という商業施設に名称を変更したため現在は存在しません。

気になるのが、どちらが先に作られたの?ってことですよね。姫路駅デパートのロゴがいつ作られたのかは不明ですが、開業当初から使っていたのかとしたら東村山市の市章が制定された1964年の5年前ということになります。

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